「未来はだれもわからない。でも、知りたい」
こうした欲望をみたすために、統計学を駆使して近未来の投球障害の発症を予測するシステムを作ってみました。
「あなたの今後1年間の投球障害の発症確率は・・・?」
天気の降水確率のように未来を予測することで、障害を予知して、発症しないように今のうちから予防エクササイズを行っていきましょう。
ここでは開発経緯について説明していきます。
学生時代は選手として、現在は整形外科医として、そして研究者として狭間にたったとき、スポーツ障害の最大の治療戦略は予防であると考えています。
これは、私も経験したことですが、野球の現場で投球障害が発症すると、選手は投げるたびに痛みが生じ、思い切り投げられなくなります。多くの場合投手に発症することが多いですから、チーム力は減退することが多く、選手もチームも嫌な思いをすることになります。
現在、こうした痛みを抱えている選手は日本全国で15万人くらいいると推定されています。
発症後に病院にいくと、どうなるか?
多くの選手は、「大会が近く、痛くても練習したいのですが・・」
(私も学生時代に患者としてこのように言ったと思います」
そこでたいていの医師は。「(気持ちはわかるが)、はじめは安静にしないとよくならないよ!」というと思います。
(私も医師としての立場では、このように言うと思います)
選手は、聞きたいことがたくさんあると思います。
医師は、日常診療に忙殺されて外来時間は5分程度しかとれません。
したがって、発症後に病院に行くと多くのジレンマがあり、多くの選手はあまり満足できないことになります。
なので、なんかしらの打開策が必要です。
投球障害の一番初めの状態は、だれしもが健常者です。その後、痛みは徐々にひどくなり、最終的には投げられなくなるくらい痛みがでます。こうなってから病院を受診する人がほとんどですが、これでは先ほどのスライドのように、嫌な思いをしてしまいます。
そこで、健常者のうちから、この障害を予測し、あらかじめ予防対策を取れれば、障害の進行を防ぎ、嫌な思いをせずに済むようになります。
この障害を撲滅するためには、予防が最も大切なのです。
さて、投球障害は予防することが大切なことはわかりましたが、実際の現場ではどのような問題があるのでしょうか?
選手は勝ちたいからたくさん練習をしたいと考えています。
しかも、めんどくさいことは嫌います。
こうした選手たちに、いきなりストレッチやインナーのエクササイズを指導してもなかなか受け入れてもらえません。仮に、はじめの数日間だけ受け入れたとしても、きっとそれは長続きしないでしょう。
じゃあ、どうしたらよいでしょうか?
投球障害の最大の問題点は、障害に対して選手の関心の低さや油断が上げられます。
まず、多くの場合、選手は投球障害を知りません(私も学生時代はあまりよく知りませんでした)
そして、仮に投球障害を知ったとしても、「まさか自分は大丈夫だろう」と油断して、痛みなって初めて気づき、そして後悔をしていく。こうした選手がほとんどです。
だからこそ、天気予報の降水確率のように発症確率を求めて、その危険性を気づかせてあげることが重要なのです。
また、めんどくさいのは嫌という選手も多いです。
なので、フィジカルチェックに多くの時間をかけて、練習時間を削ってしまっては意味がありません。
フィジカルチェックは短時間で行えるものを選択することが大切です。
また、指導者や保護者も一緒に行えるような簡単なフィジカルチェックが望ましいです。
このようにして、選手だけでなく、指導者や保護者の意識も変えていくことが大切です。
そこで、考えついたのがこの投球障害・発症予測システムです。
このシステムでは、いくつかのフィジカルチェックを行い、そのデータをシステムに入力すると、
「あなたが、この1年間で投球障害を発症する確率は **%です」
と予測することができます。
それは、あたかも天気予報のように。
このように、未来の発症の危険性を予知することで、選手や指導者の意識や行動を変えて、発症を予防することができます。
発症を予測するために行うフィジカルチェックはたったの3つだけです。いずれも腹臥位で行います。かかる時間は1分だけなので、毎日のコンディショニングに使うこともできます。
使う道具は、水平角度計と定規を使います。
「え? 水平角度計なんてもっていない?」
大丈夫です。最近のスマホでは水平角度計は無料でダウンロードできます。それでは、実際のフィジカルチェックのやり方を説明します。
拳上位外旋では、腹臥位になってゼロポジション付近まで利き手を拳上し、そこから最大外旋位へ誘導します。
そこで、選手にその位置を保持するように伝えます。
最後に、前腕の角度を水平角度計で測定します。
だいたい50度以上を目標にしてください。
50度以上ない場合は、近い未来(1年以内)に肩やひじの痛みが発症しやすくなるため注意が必要です。
2つめは肩甲帯内転テストです。これも腹臥位で行います。
使う道具は、水平角度計だけです。
肩甲帯内転テストのやり方です。
まず、腹臥位になって、肩関節外転90°とします。
前頭部をベッド上に接地させます。
外転90°のまま、最大限に水平外転するように指示を与えます。
その時の頭頂と肩峰を結んだ線を水平角度計で測定します。
だいたい50度以上を目標にしてください。
50度以上ない場合は、近い未来(1年以内)に肩やひじの痛みが発症しやすくなるため注意が必要です。
最後は踵臀部距離です。これも腹臥位で行います。
使う道具は、定規だけです。
踵臀部距離の測定方法です。
まず、腹臥位になって、利き足の膝を屈曲させます。
このとき、自分の力で屈曲させ、検者は手を触れないようにします。
踵と臀部の最短距離を定規で測定します。
だいたい6cm以下を目標にします。6cm以上あるときは、肩やひじに痛みが発症しやすくなり、注意が必要です。
3つのフィジカルチェックの測定が終わったら、今度はその値をシステムに入力します。
システムを起動するためには、左の絵をクリックするか、こちらをクリックしてください。
画面中央のyou tube動画をクリックすると再度フィジカルチェックのやり方を閲覧することができます。
フィジカルチェックの値は、スライドバーを横に動かすことで入力することができます。
3つの値を入力したら最後に予測するボタンを押してください。
すると、画面が切り替わります。
今後1年間にあなたが投球障害(肩やひじの痛み)が発症する確率がみられます。
もし、発症確率が高くても、今から予防エクササイズを行えば発症確率は下がります。ご安心ください。
予防エクササイズの方法は、画面中央から右下のyou tube動画で閲覧することができます。
逆に、発症確率が低かったとしても油断は大敵です。
投球障害というものは、油断している人に発症するからです。
すると、画面が切り替わります。
今後1年間にあなたが投球障害(肩やひじの痛み)が発症する確率がみられます。
もし、発症確率が高くても、今から予防エクササイズを行えば発症確率は下がります。ご安心ください。
予防エクササイズの方法は、画面中央から右下のyou tube動画で閲覧することができます。
逆に、発症確率が低かったとしても油断は大敵です。
投球障害というものは、油断している人に発症するからです。
実際に、高校野球の現場で利用してみました。
その場で選手に発症確率を示すと、
「え、やっべ!」
このとき、初めて投球障害というものを認識して、その関心が高まります。
「どうしたら、発症確率が下がりますか?」
選手の予防意識がだんだんと高まってきます。このように意識の高まった状態になってから、実際に予防方法を提示していくとその予防効果も高くなり、効果も持続します。
今度は、ハイレベルな社会人野球選手で利用してみました。
このチームは投手が11名在籍していました。
さきほどと同様にその場で選手に発症確率を示すと、
「え、やば!」
このとき、初めて投球障害というものを認識して、その関心が高まります。
そして、身に迫る危険性を感知して、
「どうすれば、発症確率が下がりますか?」
と明らかに予防意識が高まります。
その状態になってから、実際に予防方法をつたえていくと、高い予防効果が期待できます。
発症予測システムはトレーナーにも有益な情報を与えます。
ハイレベルなチームでは、チーム内にトレーナがいる場合が多いですが、フィードバックを行うときはこのトレーナにも同席してもらいます。
すると、トレーナーは
「要注意な選手は、AとBとCだな。どの選手を注意すればよいかわかった」
と言ってくれることが多いです。
実際にこのチームにシステムを導入したところ、
導入前のシーズンは11名の投手のうち、6名が痛みを発症していましたが、
導入後のシーズンでは、発症したのは11名中たったの1人、
その後のシーズンでも発症したのは11名中たったの1人でした。
その後、トレーナーと話す機会があり、どうしてこんなにも効果がでたのかを聞いてみると
「毎日、発症確率を計ることで、コンディショニングのツールにしていた。そして、発症確率の高い選手から早めにケアをしていた」
とのことでした。
システム導入後、選手の予防意識に対するアンケートをとってみると
96%の選手の予防意識が向上しました。
大学野球選手にこのシステムを導入したときの投球障害の有病率の推移を示します。このときは、2週間に一度有病率を調査し、導入前の1年間と導入後の1年間の計2年間にわたり調査を続けました。
導入前と比べ、導入後は平均有病率が低下しました。
こちらは、高校野球選手にこのシステムを導入したときの投球障害の有病率の推移です。このときは、1週間に一度有病率を調査し、導入前の1年間と導入後の1年間の計2年間にわたり調査を続けました。
導入前と比べ、導入後は平均有病率が低下しました。
こちらは、小学野球選手の有病率の推移です。小学生は5年間にわたり推移を追ってきました。当初、49%もあった投球障害の有病率ですが、はじめは徐々に下がり始め、3年目あたりになると急速に低下し、その後も徐々に低下傾向となり、最近では12%までさがりました。
「継続は力なり」の一言に尽きると思います。
さて、最後にこのシステムをどうやって作っていったかについて説明します。 ここで、一番お伝えしたいことは、このシステムをつくるのはとても簡単であり、どなたでも作り出せるということです。
まず、流れを示します。
① まず疫学調査をして、ターゲットになる障害を絞ります。
② つぎに、無症候期にフィジカルチェックを行います。
③ そのあとに経過を観察し、だれが発症したかを調べます。
④ 最後にロジスティック回帰分析をします。
以上の4工程をふめば、簡単に出来上がってしまうのです。
疫学調査についてですが、痛みが出やすい個所やその頻度を調べます。これは、ある高校野球部員のデータですが、野球の場合はやはり投球側の肩やひじの頻度が高いですね。
なので、今回はこの頻度の高い「投球側の肩やひじの痛み」にターゲットを絞った発症予測システムを作っていきます。
次に行うことは、フィジカルチェックです。
フィジカルチェックは無症候期に行うことが原則で、痛みがすでにある選手は除外します。多くの場合は、冬のオフシーズンに行うことが多いです。
その後、半年から1年くらい選手を経過観察して、どの選手が発症し、どの選手が発症しなかったかを調査します。
これらのデータをデータベース化します。
最後に、ロジスティック回帰分析を行っていきます。
統計解析のイメージを説明します。
我々は、これまでに3000人以上の選手を調査してきており、200項目以上のフィジカルチェックや問診を調べてきました。
しかし、これだけでは、どの項目が発症と関連するかがわかりません。
そこで、発症と関連する項目を統計学的に抽出していきます。このとき、相関係数・χ2検定・t検定などの単変量解析やロジスティック回帰分析などの多変量解析を組み合わせて解析していきます。
統計解析を用いて抽出された「発症と関連するフィジカルチェック」が、この3つの項目でした。
拳上位外旋・肩甲帯内転・踵臀部距離
つぎに、これらの項目のオッズ比を求めていきます。オッズ比の定義などは、成書をご参考いただきたいですが、イメージ的な話をすると、オッズ比は、矢印の大きさを表しています。つまり、それぞれの項目が発症に対してどのくらい影響しているかという影響の強さを表しています。
最後に、先ほど算出したオッズ比をロジスティックモデルに導入することで、発症を予測する回帰式を作成します。
あとは、この回帰式をアプリケーションに組み込めば、発症予測システムのできあがりです。
今回のシステムの判別的中率は86.7%であり、まずまずの精度が期待できます。
こんなふうに、簡単にできてしまうので、他の競技や他の障害でも応用することができます。
もし、ここまで読まれて、「発症予測システムを作ってみたい」、「ロジスティック回帰分析を新たに勉強してみたい」という方へおすすめの書籍を紹介します。もはや、ロジスティック回帰分析は非常にメジャーですから、ほとんどの統計学書には載っていますが、数ある書籍の中で最も簡単に書かれていて、すばやく概念をつかめる本が左の書籍になります。
難しい書籍を読むとアレルギーがでて、嫌になってしまう方も多いと思います。まずは、一番簡単な書籍から入っていくのがよいと思います。
発症予測システムですが、残念ながら予測が外れてしまうときがあります。外れるパターンはだいたい左図のような3つのパターンがあります。
まず、一つ目、「こんなのあたるわけがないと思っていたら痛みがでた」です。確かにはじめは信じてもらえないことが多いですが、結構予測はあたります。次回予測するときには、選手に信じていただきたいと思います。
2つ目、「きちんと予防エクササイズを行ったら発症しなかった」です。この外れ方が最も理想的です。こうしたコメントを聞いたとき、我々はこのシステムを作ってよかったと感じます。
3つ目、「20%といわれたのに、痛みが出ました」です。このコメントを聞いた時に我々もガクッと落ち込みます。もっと精度のよいものをつくりたいという衝動に駆られます。
発症予測システムの精度をもっと上げていくためには、
もっと発症の前兆をきちんとつかめるフィジカルチェックのアイデアが必要になってきます。
その発症の前兆をつかむというアイデアは、すぐに浮かぶものではありません。ただ、みなさんは、臨床や現場での経験を通じて、いろいろなアイデアを持っている方も多いと思います。
こんなフィジカルチェックをすれば、きっと前兆をつかめるのではないか・・と考えている方。もしよければご連絡ください。
発症予測システム ぜひご家庭でもお試しください。
わりに子供は食いついてきてくれて、楽しめます。
そして、もしグラウンドでもぜひやってみてください。
たくさん使われれば使われるほど、我々もうれしくなります。
以上、長くなりましたが、これで発症予測システムの紹介と説明を終わります。
ここまでお読みいただきありがとうございました。