「球を速くしたい」「コントロールをよくしたい」「伸びる球を投げたい」「投球障害を減らしたい」。
こうした複数のニーズを同時に満たす動作をコンピュータシミュレーションで作成することができます。
ここでは開発経緯について説明していきます。
モーション・シンセサイザーってなに?・・・
コンピューターでさまざまなニーズを同時に満たす動作をモーション・シンセサイザーで作り出すことができます。
ちなみにこの動画は
「球速up 球の順回転数up コントロールup 肩の障害↓」
を同時に満たす動作をコンピュータ上で作り出したものです
モーション・シンセサイザーってなに?・・・
今度は先の動作と全く正反対の動作を作ってみます。
つまり
「球速down 球の順回転数down コントロールdown 肩の障害↑」
となってしまう動作をコンピュータ上で作ってみるとこのような動画になります。
モーション・シンセサイザーってなに?・・・
さきほどの2つの動画を重ねあわせると両者の違いが視覚的にみえてきます。クリアに見えるほうが、より良い動作です。
今後、このシンセサイザーの仕組みを紹介していきます。地道に勉強すれば、どなたでも作り出すことができる代物です。ご興味があれば引き続き購読をおねがいします。
このような様々なニーズに応える動作を作り出せる「モーション・シンセサイザー」ですが、この仕組みは「ミュージック・シンセサイザー」に似ています。
ミュージック・シンセサイザーでは、スライドバーを動かすと、それに応じて様々な音色を作り出すことができますが、
モーション・シンセサイザーでは、個々のニーズをスライドバーを用いて入力すると、それに応じて様々な動きをコンピュータ上に作り出すことができるのです。
ミュージック・シンセサイザーの原理はフーリエ解析を利用していますが、
モーション・シンセサイザーでは主成分分析を利用して作成しています。
しかし、その大本の考え方である「データの基本パターンを抽出して、その基本パターンを合成する」は共通です。
医学も理学療法もスポーツも「基本が大切。基本を組み合わせて応用するんだ!」という考え方がありますよね。それと同様です
スポーツ現場で、選手のニーズはさまざまです。
例えば、野球では、写真のようなニーズをいう方は多いのではないでしょうか?
モーション・シンセサイザーではこのような複数のニーズに対して、それらを同時に満たす動作を提案します。
モーション・シンセサイザーでは、選手のニーズをスライドバーを用いて設定します。
例えば、球速を速くしたい場合は、スライドバーを右に動かします。
さらに、球の回転をよくしたい時もスライドバーを右に動かします。
コントロールをよくして、肩の障害を減らしたい場合もスライドバーを右に動かします。
最後に、スタートボタンを押すと、上記に設定したすべてのニーズを同時に満たす動作がコンピュータ上に作成されます。
さきほどとは真逆の動作を作り出すこともできます。
例えば、球速を遅くしたい場合は、スライドバーを左に動かします。
さらに、球の回転を悪くしたい時もスライドバーを左に動かします。
コントロールを悪くして、肩の障害を増やしたい場合もスライドバーを左に動かします。
最後に、スタートボタンを押すと、上記に設定したニーズと最もかけ離れた動作がコンピュータ上に作成されます。
さて、シンセサイザーでいろいろな動作を作れることは分かったと思いますが、それではこのシンセサイザーはどのような仕組みで作られるのでしょうか?
まず、データを収集します。
今回は、社会人野球選手を対象としました。
動作データは光学式3次元動作分析装置を使って収集し、それと同時に球速データや球の回転数・回転軸データ、コントロールデータ、発症データ、肩のMRIデータを収集しました。
合計で382試技のデータを集積し、これらのデータをすべてデータベース化しました。
このデータベースに主成分分析をおこなうと、統計学的に動作パターンを分類できるようになります。
その抽出された動作パターンとパフォーマンスデータの相関関係をしらべます。
すると、こういう動作パターンのときには球速が速くなるとか、こういう動作パターンのときは、球の回転がよくなるとか、こういう動作の時は、コントロールと球速が両方よくなるとか・・
ということがわかってきます。
さきのスライドで、動作パターンとパフォーマンスデータとの相関関係がわかったら、今度は最適化手法というものと使って、いろんな動作パターンを合成していきます。
そして、選手のニーズに最も近くなる動作をコンピュータ上で作り上げていきます。
一見難しそうにおもわれますが、実はExcelと普通の統計ソフトがあれば誰でも簡単に作れます。
解析結果です。
全てのニーズを満たす動作とニーズを満たさない動作をそれぞれつくりだし、静止画にして比較するとこのようになります。
今度は、肩障害が減る動作について、見てみましょう。
ただし、一つ条件をつけます。
パフォーマンス(球速)は下げないようにします。
このように、
「パフォーマンスを下げずに、肩障害が減る動作」
という2つのニーズを同時に満たす動作を作ってみたいと思います。
ニーズの設定は先ほどと同じように、スライドバーを用いて行います。
パフォーマンスを下げないようにするには、この球速のスライドバーを固定します。その状態にしたまま、今度は2段目の投球障害肩のスライドバーを右と左に動かすことによって、肩障害が生じやすい動作と生じにくい動作を求めていきました。
こちらが、肩障害が生じにくい投球動作です。
こちらが、肩障害が生じやすい投球動作です。
着目すべきポイントは、
① 左脚(踏込足)の接地位置
② 体幹の傾き
③ 右肘(投球側)の高さ
です。
これらの一つ一つが単独で起こる分には問題ないのですが、
これらの3つが連動して起こると、肩障害が生じやすくなります。
さきの2つの動作を重ねあわせて違いを見てみます。
クリアに見えているほうが、肩障害が生じやすい動作。
ボヤケて薄く見えるほうが、肩障害が生じにくい動作です。
上記の動画の重要なフェーズを静止画で示すとこのようになります。
我々はこうしたシステムを用いて、選手のイメージトレーニングなどに活用したいと考えています。
このシステムでは、スライドバーを用いて、他にもさまざまなニーズに対応する動作を作り出すことができます。
簡単に言うと、我々が作り出したいシステムは、選手一人一人のニーズに合わせた「科学的なお手本」です。
さて、こうしたシステムを選手に導入してみると、今度は次のようなセリフが待っています。
「お手本の動作とぼくの動作はどこが違うの?」
こうした選手の要望に応えるために、我々はモーション・キャプチャーとデジカメ動画をハイブリッドさせるシステムを作りました。
このハイブリッドシステムでは、デジカメで自分の動作を撮影して、
モーションシンセサイザーでお手本の動画を用意して、
その両者を重ね合わせて表示することができます。
pythonというプログラム言語とopenCVという画像処理ライブラリを使うとこんな作業も簡単に行うことができます。
成人の選手とシンセサイザーのお手本を重ねあわせるとこのような動画になります。
こうした動画を選手にフィードバックすると、選手からは
「フォーム改善のポイントが分かった」 とか
「イメージがわいた」
など、うれしいコメントがいただけます。
以上、モーションシンセサイザーの開発経緯と概要を紹介しました。
ここまでお読みいただきありがとうございました。